スポンサーリンク

仙台のステンドグラス、何で設置されたか知ってる?

仙台駅 ステンドグラス 仙台の話題

どうも!仙台つーしんのずんだです!

突然ですが、仙台一の待ち合わせスポット、仙台駅のステンドグラスは何故設置されたか知ってますか?

仙台駅 ステンドグラス

改めてそう聞かれると、そもそもいつから設置されているか分からないという方も多いのではないでしょうか。

仙台駅 ステンドグラス

このステンドグラス、実は名前があって「杜の賛歌」と言います。

ステンドグラス横にある記念碑にはこのように書かれています。

このステンドグラスは、新幹線開通を控えて勢いを一新した東北の表玄関、仙台駅の発展を願って製作された。

題材としては杜の都にふさわしく七夕飾り、伊達政宗の騎馬像、日本三景の一つ松島の風景をとりいれ、地域色豊かで大胆な構成となっている。製作にあたってはヨーロッパ直輸入のアンチックグラスを使用し自然光を利用した本格的なものとしては日本で最大規模の作品である。

題名は一般公募により決定された。

原画・製作:近岡善次郎
製作協力:ルイ・フランセン
企画制作:財団法人日本交通文化協会
協 賛:株式会社藤崎
1978年6月8日

よく見てみると、協賛に藤崎とあります。

実は、このステンドグラスは藤崎が創業160周年を記念して寄贈したものだったのです。

40年前にステンドグラスを寄贈した藤崎は今年創業200周年。お話を伺いました。

藤崎の歴史を知っていますか?

今回、藤崎さんを取材するにあたり200年の歴史を調べてみると、色々と面白い歴史が浮かび上がってきました。

藤崎は1819年(文政2年)、初代三郎助が大町2丁目に開いた太物(木綿の着物)商の店が始まりです。

そして二代目が苗字帯刀を許されて藤﨑三郎助を名乗ります。

藤﨑家当主は代々三郎助を名乗り、二代目・三代目は豪商としての地位を築き、四代目が今の藤崎の土台をつくり、五代目が百貨店へと進化させていった歴史があります。

※お店は「藤崎」、人名は「藤﨑」と「さき」の字が違うのだそうです。

また、創業当初の藤崎は大町二丁目にあり、現在とは場所も違いました。

仙台の中心部は明治期以降に変遷していくのですが、四代目三郎助がその変遷に見事に対応し、それが功を奏して藤崎は他店を圧倒するようになります。

更にいろいろと調べてみると、仙台初の私設電話は四代目三郎助が開設し、宮城初の自家用自動車も四代目三郎助が購入したという面白い事実もありました。

仙台に鉄道の駅ができるとき、当初は榴ヶ岡付近に建設予定でしたが、街中心部への誘致運動が起こり、工事費補填のための寄付者が募られたなか、四代目三郎助は寄付者10傑の第2位に当たる550円を寄付したとも言います。

1955年の藤崎増築の際は仙台初となるエスカレーターを導入しましたし、1977年には東日本一となる150台収容の立体駐車場をオープン。

1984年にはルイヴィトンをオープンさせ、その後89年ロエベ、91年カルティエ、98年グッチ、04年エルメス、05年ブルガリなどなど、海外ブランドを展開して仙台のファッションシーンをリードしてきました。

仙台に地下鉄が開通する際は、広瀬通り駅に「星空のプロムナード」を寄贈。そうです、広瀬通り駅のあの星空も藤崎が寄贈したものだったのです。

このように、藤崎は仙台の文化を育ててきたのです。

そんな藤崎ですが、2011年の東日本大震災では大きな被害を受けました。

そのような中でも、なんと翌日から街角でインスタント麺やジュース、果物類を販売したのです。

開催自体が危ぶまれていた仙台七夕まつりでは、営業フロアの一部を開放して地域の方々と共に七夕飾りの作成を行いました。

今では恒例となっている折り鶴の七夕飾りですが、はじめは仙台市内の小中学生8万が折った鶴をPTAと藤崎の従業員で竹飾りに仕上げました。

あの折り鶴を見て多くの人が涙を流しましたが、その裏には藤崎の支えがあったのです。

そして創業200周年へ

現在の社長は七代目三郎助さん。藤崎は七代にわたり仙台の経済・文化を引っ張ってきました。

今年創業200周年を迎えた藤崎は「藤崎200年のあゆみ展」を開催。また、第1回藤崎CUP少年野球大会するなど、新しい試みも行っています。

更に、創業200周年を記念した催事を開催したほか、仙台青葉まつりでは藤崎すずめ連が「誉賞」、えびす山鉾が「青葉まつり協賛会長賞」と藤崎初となるW受賞を果たします。

荒浜地区の海岸林再生へ向け、「藤崎未来の杜」植樹祭ではクロマツ2,000本を植樹しました。

仙台は近年、仙台駅周辺の発展が目立ちますが、藤崎は老舗旅館のような居心地の良さをつくり、人の見える関係を築いていきたいと話します。

今はネットの時代で多くの物事が変わっていきますが、ネットとは違った視点で自ら良いもの発信し、その良い理由を説明していける存在になりたいとのこと。

藤崎から仙台市民の皆様へメッセージを伺いました。

「地域の方の笑顔を増やしていき、皆さまの物語の中で必要とされる存在になりたいと思っています。また、地元の商品・文化・美術を発信していき、たえず地元を向いて寄り添っていきます。藤崎は創業200年を迎えますが、それは通過点にすぎません。これからもコツコツと、仙台の皆さまとともに歩み続けていきたいです。」

このように藤崎の歴史を知ると、その印象が少し変わって来るのではないでしょうか。

特に、四代目、五代目の時代を詳しく見ると、そこには面白い歴史がありました。

それは次回、記事にしたいと思います。

(コチラ↓からどうぞ)

初代藤﨑三郎助が創業した「えびすや」は、如何にして藤崎百貨店へと成長したのか。
zunda

仙台つーしんのライターずんだです。仙台出身、仙台在住で、街歩きが好きで新しくオープンするお店や、街の話題を見つけるのが得意です。

毎日3~4記事、月間100以上の記事を投稿しています。ツイッターでも仙台の情報を発信しているので、是非フォローしてください~

仙台つーしんをフォローする
タイトルとURLをコピーしました