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仙台空襲から75年。当時、爆心地となった場所はどこに。

仙台の話題

いかがお過ごしですか、nittaです。

2020年8月15日で、第二次世界大戦の終戦から75年が経過しました。

終戦近くの1945年7月10日には、『仙台空襲』という夜間の爆撃機からの爆弾投下により、甚大な被害を受けました。

 

さて、当時の米軍が『仙台空襲』の時に、焼夷弾投下の目標にした「爆撃中心点」を、仙台市内のどこに設定していたのでしょう。

それは、いまの仙台クリスロード商店街アーケード内(中央通り)と東三番丁通りが交わる十字路といわれています。

現在のイオン仙台と桜井薬局ビルの近くの十字路になります。

2020年7月10日、仙台空襲を記憶する有志の方々により、展示プレートが桜井薬局ビル入口に設置されました。

仙台空襲では、夜間に123機の米軍爆撃機B29が仙台市中心部を襲来。約500ヘクタールが焼け野原となり、市民1399人が犠牲になったといわれています。

今の仙台市中心部を更に発展させる上で、そのいしずえとなる過去の戦争の記念碑的な場所もあることも、覚えておきたいものです。

それでは。

nitta

仙台市泉区在住。気になる仙台の話題を取り上げていきます。

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