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『マーブルロードおおまち』に2020年10月12日とある変化があったみたい

仙台の名所

どうも!仙台つーしんのずんだです!

『マーブルロードおおまち』商店街にとある変化があったみたいです。

場所はコチラ

その変化のあった場所はコチラ↓の「aimerfeel」というお店のすぐそば。

そしてストリートビューで見るとコチラ↓です。

変化後の様子

そして、変化後の様子がコチラ↓です。上のストリートビューと比べて、何が変わったか分かるでしょうか?

これが分かった方はめちゃくちゃ凄いですよ。

正解はコチラ

正解はコチラ。この石碑ができたことです。

令和2年10月12日、アーケード中央交差点のエメフィール角に「大町五丁目始元之地」石碑を移設しました。

1601年、伊達政宗が岩出山から仙台へ移転して城下町を作り、護譜代町6町の一つである大町(一丁目~五丁目)は商人町として栄えました。「…

マーブルロードおおまち商店街振興組合さんの投稿 2020年10月13日火曜日

この石碑は「大町五丁目始元之地」という石碑なんだそうです。

マーブルロードおおまちのFacebookによると、大町五丁目は伊達政宗の時代に商人町として栄えましたが、昭和45年2月1日「大町五丁目」は「一番町三丁目」に変更となり、伝統ある町名が失われることを憂いた有志達が昭和52年にこの石碑をつくり、それが今回この場所に移設されたということです。

石碑の裏には1977年3月とあります。

俯瞰してみるとこんな感じ。

大町五丁目について

この写真は明治30年(1897)2月11日のものです。

これは、創業当初大町二丁目にあった藤崎が、その後大町四丁目に支店を開き、そして明治30年に大町五丁目に新館をオープンさせた際の写真です。

当時の河北新報は、開店初日は「雑踏混雑は筆紙の尽し得るべき所にあらず」の大盛況であり、開店二日目においても「其雑踏前日と異なる所なかりし」状況であったと報じています。

そう聞くと、その「大町五丁目」が仙台の中心地であったと分かり、その名前が消えることを憂える人がいるというのも頷けますね。

初代藤﨑三郎助が創業した「えびすや」は、如何にして藤崎百貨店へと成長したのか。
zunda

仙台つーしんのライターずんだです。仙台出身、仙台在住で、街歩きが好きで新しくオープンするお店や、街の話題を見つけるのが得意です。

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